阿部サダヲさんは端正なお顔立ちだと思ってます。好きです。
役柄によって全く違う人になる、俳優の方々。
阿部サダヲさんが演じる、陣治は独特でしたね。
竹野内豊さん・松坂桃李さんが演じた役柄も、たいがいですが……。
その人物とは、似ても似つかない。
むしろ真逆。まったく面影がありません。
陣治が不快きわまりないのは、深い理由がありそうです。
何にも知らずに見始めて、途中で何度もしんどくなって。
おしまいまで観て、知らないのが一番と言われたような気になりました。
あらすじは、ネタバレに配慮しておりません。ご了承くださいませ。
十和子は、いつも不機嫌そう。
部屋は散らかり放題。
見るともなく見る、テレビの画面。かけ流されているのは、たくさん借りてるDVDの一つでしょうか。
時計の修理に対する意見を、電話で訴える十和子。
もう何回もかけてる口振りでしたね。
彼女のイライラは解消されず、かごに入ってる紙幣をつかんで、出掛けます。
立ち寄った店先で、通りすぎる人に目を向ける十和子。
驚いたように追いかけるけど、全くの他人らしい。
なんだか様子がおかしい十和子。携帯電話の着信音で、ようやく我に返ります。
何回言っても不用の電話をやめない相手に、彼女は罵詈雑言を浴びせかける。
電話をかけた人物は、佐野陣治です。
その用件は、十和子を思い、彼女の安否を尋ねるもの。
誰かに因縁つけられてないか?
晩ごはんに食べたいのは、こってり系?
陣治は、よっぽど彼女が心配なんですね。
現場仕事から帰宅した彼、顔は日に焼けて真っ黒。
汗じみた作業着は、くたくたに疲れた彼そのもののよう。
陣治は腰掛けないまま、食事の支度に取りかかります。
ごはんの後は、十和子が唯一褒めてくれる、マッサージ。
彼女の凝りをほぐそうとする陣治ですが……。
十和子の機嫌をそこねてしまい、彼女は更にひどい言葉で徹底的に罵りました。
今回クローズアップした登場人物。
幸せそうな人がいない、と言いますか。
どの人も、狂気をはらんでいましたね。
十和子の姉・美鈴を演じたのは、赤澤ムックさん。
野々山家の晩ごはんで、彼女が放った一言。
それに続くシーンにも、衝撃を受けました。
竹野内豊さん扮する、黒崎俊一。
彼こそ、すべての引き金となった人物だと思います。
彼がいなければ、陣治は十和子に気づかなかったかもしれない。
まったく違う人生を送っていた、かもしれませんね。
シュッとした水島を演じた、松坂桃李さん。
デパートの時計売り場で主任を務める、水島真。
言葉遣いも身なりもきちんとしてる、洗練された物腰の人。
どことなく黒崎の面影があります。
水島が、初めて十和子を訪ねた場面。
私は妙な引っかかりを感じました。
今一つ割り切れない気持ち。
わだかまりが消えないまま、物語は進みます。
左手の薬指に指輪をつけてる、分かりやすさもより一層、白々しい彼が腹立たしい。
白い時計も、タクラマカンも、裏を返せばお見事ですよね。
すっかり興ざめする人物を、ぎりぎりまで魅力的に見せる松坂桃李さん。
背中を向けたり、目をそらしたり。
ちょっとした表情。ひとつひとつの言動。
細かいところで、違和感を抱かせる。
絶妙でした。
陣治に命を吹き込んだ、阿部サダヲさん。
佐野陣治(さの じんじ)。
50にもなろうかという年齢です。
十和子とは、だいぶ年が離れてますね。
彼女いわく。
不潔・下品・下劣・貧相・卑劣・小心・粗雑。
ひどい言われよう。
それでも一緒にいるって、どうなんだろうな。
陣治は、建設工事の現場を仕切る、技能労働者だと思われます。
「図面引ける」って言ってましたし。
自分で会社を起こす、心づもりもあったみたい。
体調も悪そうだし、十和子のためなら現場に出ない仕事だってできるはずなのに。
それを選ばない理由があるんでしょうね。
外泊した十和子を迎えに、美鈴の家に行く陣治。
青いVネックのニットに、チェックのシャツを組み合わせ。ボタンは上まできっちりと。
いつも通りの無精ひげ、なのにこざっぱりして見えるんです。
あの食卓は、あり得たかもしれない、幸せな未来の象徴なのかもしれません。
狂気と慈愛がないまぜになった、陣治の声と表情。やりきれないほど苦しい。
正直なところ最後の方まで、ゾッとするようなことを言う陣治。
怖いのか、気持ち悪いのか、よく分からなくなるくらいです。
そうかと思えば、要所要所で十和子を救い上げる言葉を尽くす。
阿部サダヲさんが体現する、陣治の願望のようなもの。
それらを表現する声や眼差しが、どうしようもなく心憂いんです。
十和子を大切にしていなければ、狂気じみたりしないし、慈しんだりもしないはず。
どんなに異状で過剰だとして、ばか正直で真っ直ぐで。
はたから見たら、くだらなくてみっともないかもしれません。
そうまでしても守り抜きたいと、陣治は必死だったんでしょうね。
電車に駆け込んできた男性を、陣治が突き飛ばすシーン。
残念ながら、十和子のことが全く好きになれませんでした。
全力で愛されてる彼女が、うらやましいのかな……。
なので、ちょっと意地悪な解釈かもしれません。
彼女は、嫌悪を覚えた相手に対し、鬼のような形相になる。苛烈きわまりない。
その一方、好意や興味を持った相手の前では、小心というか気弱というか、守ってあげたくなるような人に見えるんです。
おそらく無意識なんでしょう。
スイッチが、自動で切り替わるような感じ。
毛嫌いしてる陣治の前で、かよわく見えたり。
黒崎や水島に対し、厳しく激しい面も見せました。
姉に対しても、あからさまではないにしろ、両面見せていましたね。
そこが彼女の、人間的な魅力のひとつなんだと思います。
あの夜、若い男性が乗車してきて、陣治は瞬時に察したんじゃないでしょうか。
か弱げな十和子が、男性を見上げ。
彼は、満更でもないように微笑んだ。
その先に、起きるかもしれない出来事。
陣治は恐ろしいことから、十和子を守ったのですが、男性をも守ったことになるのでは?
いつまでも幸せに暮らしたい。
陣治の願いは、それだけだったんじゃないでしょうか。
終盤の阿部サダヲさんが、すべての疑問に答えてくれます。
物語が進んでも、辻褄が合わなくて、薄気味悪くなるばかり。
ところが、あることを皮切りに、畳み掛けるように疑問が解き明かされていきます。
最後の最後、きちんとしてた彼が登場。
それを見て、全ての答えが出揃ったような気がしました。
彼女が思い出さないように、身を捨てるような気持ちで、今の自分を作り上げたんじゃないでしょうか。
陣治は、なろうと思えばいくらでも幸せになれたはずなんです。
それを選ばない彼が、歯がゆいような気もしますし。
善し悪しは分かりませんが。
無償の愛を注げる人に出会えた陣治は、じゅうぶん幸せだったんだと思います。
『彼女がその名を知らない鳥たち』の、スタッフ・キャスト・製作年など。
【出演】蒼井優、阿部サダヲ、松坂桃李、村川絵梨、赤堀雅秋、赤澤ムック、中嶋しゅう、竹野内豊ほか。
【監督】白石和彌
【脚本】浅野妙子
【撮影】灰原隆裕
【美術】今井力
【装飾】多田明日香
【衣装】高橋さやか
【音楽】大聞々昴
【原作】沼田まほかる「彼女がその名を知らない鳥たち」
【製作年・国】2017年、日本、R15。
陣治は、十和子を笑顔にしたくて、ピエロを買って出たんじゃないかな。
佐藤主任に殴られたって言ってたけど、あなたもそう思われますか?
病状が悪化して、鼻血が止まらなかったんじゃないかな。
陣治が、十和子を置いてったのが意外なんですよね。
そう言えば、会社の黄色いヘルメット。いつから持ち歩くの、やめたんでしょう。
やっぱり転職したんでしょうか。