「俺は、腹の底から怒っている!」
思いを寄せる相手が苦境に追い込まれた時、日ごろ抑えている感情を爆発させる、主人公。
ひたむきな恋愛描写にも、心ときめく映画です。
主人公は、お侍さん。
永瀬正敏が演じる片桐宗蔵は、海坂藩の下級藩士です。
時は幕末。
江戸から遠く離れた、北にある小さな藩。
宗蔵さんは武士の誇りを重んじ、つねに侍らしくあろうと、自分に厳しく生きています。
実直で、穏やかで、とんちが利いて、優しくて。
ふだん慎ましい人が、大切な人のことになると感情をあらわにするシーンが、多々ありまして・・・。
観ている私の心をも、グラングランと揺さぶるのです。
「きえ」のお見舞い。
たとえば、宗蔵さんがきえのお見舞いに行く場面も、そのひとつ。
世間体も面目も、お構い無しとばかりに、大切な人を救い出す、序盤の名シーンですね。
心のブレーキかかってる、宗蔵さん。
お殿様の御前での、西洋式砲術の実射操練。
母上の三回忌法要。
宗蔵さんには、なにかと気忙しい春なのに。
こんなモノローグがあるんです。
「雪解けて、待ちかねたように木々の芽が膨らみ始める北国の春を、俺はひどくむなしい気分で過ごしていた」
この時点までの宗蔵さんは、自分の恋心を自覚しないようにしてるんじゃないのかな?とさえ、私には思えてしまいます。
きえ、って誰かな?
きえ(松たか子)は、片桐家で奉公していた気立てのいい、優しい女性です。
まだ、宗蔵さんの母吟さんが生きていて、宗蔵さんの妹志乃も、左門さんに嫁ぐ前。
「家の中は、灯が消えたようになってしまった」と宗蔵さんが感じてる、今よりもずーっと前に。
お百姓さんの家で生まれ育ったきえは、片桐家にやって来ました。
「俺は、あの娘、16の年から
妹のように、かわいがってきたんだ」
宗蔵さんにとって、きえは幸せなときの象徴のような人なんだと、私は思います。
商家に嫁いでいった、きえ。
母上の法事が、なんとか終わったあと。
宗蔵さんは、きえが体調を崩して寝込んでることを知りました。
きえが、伊勢屋の嫁になって3年あまり。
宗蔵さんは、彼女が不自由なく暮らしているものとばかり思っていたのですが・・・。
彼女がお店に顔を見せなくなって、もうふた月になると言うのです。
宗蔵さんは町で偶然きえに再会した、あの雪の日を思い返しました。
青白い顔して、ずいぶん痩せて、まるで病人のような姿を・・・。
心のブレーキ吹っ飛ぶ、宗蔵さん。
宗蔵さんは、穏やかな人です。
侍らしくあろうとする、自分に厳しい人なんです。
その彼が、きえの薄幸を聞いて、矢も盾もたまらず行動に移します。
「寒い冬の間、俺は、ずっと
きえの事が気になっていたんだ。
見舞い、行ってくる」
彼女の事が気になって仕方ない。
彼の表情が、心境を雄弁に語るのです。
ああ、もう!
観ている私の方が切なくなって寝込みそうです!
伊勢屋の女将に対して、手厳しい宗蔵さん。
きえの枕元で、彼女を優しく労る宗蔵さん。
感情をあらわにする姿をまのあたりにして、ヒヤヒヤするやら嬉しくなるやら、やっぱりちょっぴり切なくなってしまいます。
「俺は、腹の底から怒っている!
役人に届けたければ、そうせばええ!
きえは、この俺が刀さ懸けても、守る!」
きえをおんぶする宗蔵さんに、私は心を鷲掴みにされるのです。
『隠し剣 鬼の爪』は
2004年に公開された、日本映画です。
監督は、山田洋次。
出演は、永瀬正敏、松たか子、吉岡秀隆、倍賞千恵子、田畑智子、神戸浩ほか。
藤沢周平の小説『隠し剣鬼ノ爪』と『雪明かり』をベースに、山田洋次監督と朝間義隆が、脚本にしました。